紀ノ川チャペル Kinokawa Christ Evangelical Church
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2005年の牧師日記
2004年の牧師日記
2003年の牧師日記

 

牧師の日記は更新不定期・・・あしからず・・

2006, 2, 9

南国紀州では珍しく、朝から雪が降ってきた。
歩いて通勤しているが、さすがに雪の中を歩く気になれず、妻に車で送ってもらった。
あたり一面白く雪化粧で、めったに見ることのできない景色に感動した。
チャペル前の駐車場も真っ白になっている。バージンロードのようで、そこを通っていくのは何か気が引けたが、
そうも言っておれないので玄関まで車を乗り入れ、妻に礼を言って牧師室に入った。
雪の紀ノ川チャペル
仕事に取り掛かったが、しばらくしてからこんな景色はなかなか撮れないと思って、デジカメを持って外に出た。
残念ながら駐車場の雪は解けていたが、何とか雪景色のチャペルを撮ることができた。
赤いチャペルの屋根が白くなっているのを見た人も少ないが、写真に収めたのも初めてだろう。

晴れの日の牧師室からの景色 雪の日の牧師室からの景色




2005
2005, 7, 29

7/26, 27と、1泊2日でハッピークラブの小学生低学年のサマーキャンプに行ってきた。
台風7号が本州に接近中、朝7時に決行することを決めて、参加者の親に連絡した。
ただし親の判断でキャンセルしてもかまわないことにした。
集合時間の8時には、遅れてきた教師1名を除いて、お友達は全員集まった。まずはやれやれだった。
昨年は、マイクロバス3台連ねてのキャンプだったが、今年は、高学年と低学年を分けたので、お友達12名、
教師6名のこじんまりとしたキャンプになった。車も、ワゴン車2台と軽乗用車1台で間に合った。

雨の中を紀北青少年の家目指して出発。 手作りピザやキーホルダー作りなどを楽しんで、夜は「パラダイス」と
呼んでいる賛美をしてゲームをして聖書のお話を聞く楽しい集い。

一日お友達のペースで思いっきり動いて汗を滝のようにかいて、8時半風呂に入ってさっぱりした。
後は教師のミーティングをしてぐっすり眠るだけ。
私は、男のお友達4人と同室。その内二人が初めてハッピークラブのキャンプに参加したお友達だった。

11時前にミーティングを終えて、部屋に帰って床に入った。二段ベッドの下の二人は疲れたのだろう、
ぐっすり寝込んでいた。上の二人は昼寝をしたからなかなか眠れないと言っている。私は、早く眠りたいというか、
すぐに眠れそう。今にも眠りに引き込まれるという時、初めてキャンプに参加したお友達が、しんどいと言い出した。
いろいろ聞いてみると、初めて家族を離れて一人で寝ることになったので、ホームシックにかかったようだ。
時計を見ると11時半、母親はまだ起きている時間だと言うが、電話して迎えに来てもらえる場所でもない。
お祈りをしてあげると落ち着いたようで、もう眠れると言うから自分の寝床に戻った。
他の3人のお友達はぐっすり眠っている。しかし、寝返りをうっていたその子が、再びしんどいと言い出した。
また傍に行ってなだめて、お祈りをして、寝付くまで傍にいてあげるからと言って、安心するように手を体においていた。
5・6分したら、もう眠れるというので自分の布団に戻って、その子が眠れるようにと祈りながら横になった。


どれくらいの時間がたったのか、「先生。しんどい、帰りたい。」と二段ベッドの上のほうから再び聞こえてきた。
心の中で「主よ・・・!」。気を紛らわせるために部屋から出て外のいい空気を吸いに行こうと誘い出した。外灯に照らし
出された駐車場を眺めていると、一匹の見慣れない小動物が歩いていた。「ネコ?」とその子が聞いてきた。よく見ると
タヌキだった。外灯の下にカブトムシがおちているかもと、探して歩いたり、ベンチに腰掛けていろいろな話をしたりした。

旧約聖書からヤコブの話をしていると、居眠りをしそうになっている。時は夜中の2時、さすがに眠そうなので部屋に
戻るとベッドに入った。しばらく傍で様子を見ていたが、ようやく眠ったようだった。
私も布団に戻り眠りについた。 しかし、これで終わったのではない。午前4時過ぎ、再び帰りたいと言い出した。
このときは、朝まであと2時間ほどだから我慢して横になっていてと言って、そのままにしておいた。

起床の6時半には、彼はぐっすり眠っていた。そして、目覚めると、少し眠そうだったが、昨夜のことなど何もなかったかのように、みんなと楽しくキャンプの二日目を過ごしていた。
私も何もなかったかのようにプログラムに参加したが、キャンプから帰ってからすぐに汗を流して、睡眠を取り戻した。

「ホームシックとタヌキ」忘れられないサマーキャンプになった。




2005, 3, 1

母親、私たち夫婦、三男、長男夫婦、孫、四世代一つ屋根の下で楽しく暮らしている。

妻は、良い嫁が来てくれて本当に喜んでいる。長男が結婚するまでは、夕飯作りを当番制にしていた。
というのは妻も県の手話通訳の仕事をして働いているからである。
長男と長女と私が一回ずつ受け持って、残りの4回を妻が担当していた。長男が結婚してからはそのローテーションに
嫁も加わってしばらく続けていたが、去年の秋頃から夕飯作りを全部やってくれることになったので、妻をはじめ
他の家族も大変喜んでいる。

その代わりと言っては何だが、少しバイト料を渡している。妻のアイデアだが、なかなかこれは良いやり方だと思う。
メニューもいろいろ考えてくれ喜んで作ってくれているようで、毎夕飯が楽しみである。おいしいので食が進み、最近
少々太り気味。告白しますが夜食のせいでもある。

大家族のいいところは、孫の成長を見守れることだ。もうすぐ9ヶ月になる『まひる』君は、家族全員の人気者である。
最近、時計という言葉が何をさしているのかがわかるようになった。
「まひる。時計は?」と言うと、丸い掛け時計を見る。パパもママもジーもバーも友(三男)も、皆が「時計は?」
「まひる。時計は?」と訊く。すると、部屋を見回して時計を探す。なんともその動作が可愛い。
まひる君がいてくれるおかげで、我が家はいつも真昼のように明るい。
「ジー」と呼んでくれるのはいつだろうか。


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2004
2004, 12, 20

先週、火曜日に次男が東京から帰ってきて、金曜日に長女がハワイから帰ってきた。
半年振りに家族が全員集合した。母、私たち夫婦、四人の子供たち、長男の嫁、孫、四世代合計9人。実ににぎやか。

19日は全員がクリスマス礼拝に出席して、それぞれに与えられた奉仕をして主を礼拝することができた。
長男は礼拝のディレクター。次男はドラム。長女はキーボードとサインダンス。三男はOHP。妻は手話通訳。
そして私はメッセージ。

家族が創造主である唯一の神様を信じ、真の神様を礼拝し、ともに奉仕できることは本当に感謝なことです。
孫のまひる君も教会が大好きで、礼拝中特に賛美のときはおとなしい。
孫は可愛いものだと前から聴いてはいたが、こんなに可愛いとは思わなかった。寝かされているところに近づくと、
私の顔を見て、ニコニコしながら手足をばたばたさせる。抱き上げて、と全身で訴える。もちろん抱き上げる。
まひるに気に入られるため・・・?
そういえば家族全員がまひるの興味を引こうと手を変え品を変えいろいろやっている。

いつの間にか孫の話になってしまった。人から、「ジジ馬鹿」と言われても仕方がない。
いや「ジジ馬鹿」と言われてもいい。
そして、「キリスト馬鹿」とも言われたい。




2004, 10, 12

紀ノ川チャペルふれあい祭りで、わたがし屋のおっさんを!

台風が今年は何と9回も日本列島に上陸した。被害に遭われた方々に心からお見舞いを言いたいと思います。
さて、台風22号の接近で、祭り前日にテントを建てることができず、10月10日礼拝前に男性陣が召集されてテント張り
から当日の準備が始まった。チームワークよろしく、大2中3小2の合計7張りのテントを建て上げた。

礼拝後、教会員総出で午後4時のオープンに向かってそれぞれの持ち場の準備にてんてこ舞い。毎年、会場の設定が
変わるので思わぬ問題が発生する。それでも、みんなで知恵と力を出し合って、オープン15分前にはスタンバイできた。

今年は、祭り委員からわたがしを担当するよう割り当てられたので、わたがし機と材料などを準備した。
相棒の中2の航平に作り方を教えながら試作してみるとまずまずである。後は、お客さんが来るのを待つだけある。
オープンしてしばらくすると、赤いTシャツを着た若いお父さんが子供を連れて『わたがし二つ』と言ってきてくれた。
食券を持っていなかったので、用意しておくから買ってきてくれるようにお願いして二つ作ったが、なかなか戻ってこない。
食券売り場が込み合っていたのだろう。その間にわたがしは段々小さくなっていく。そうこうしていると別の子が食券を
持って買いに来てくれたので、後で作った大きい方を渡した。つぎの子には小さくなった上に盛り上げてあげた。

子どもたちがわたがしの食券を持って次々とやってくる。順調な滑り出しと思った矢先、突然機械が回らなくなった。
電気のトラブルである。行列ができ始める。「すぐ直すからちょっと待ってね」と子どもたちには言いつつ、心の中では
「主よ!早く直せるようにしてください」と祈った。そして、電源を別のところから引いてくれるように息子に頼んだ。

待ってくれている子どもたちに「もう少し待ってね、今電気をつなぎ変えてるから」と話し掛けながら待っていると、
ウィーンと機械が回りだした。不安そうだった子どもたちの顔が輝いた。私たちもホッとした。航平と二人で協力して次々と
わたがしを作っては子どもたちに手渡した。そのときの子どもたちの嬉しそうな顔。中には、「大きいの作ってよ!」と
言ってくる子もいる。そんな子には、大きいのを作ってあげると「やったー!」と喜んで持っていく。

50本が目標だったが、最終的には67本売れた。中には3回買いに来てくれた子もいた。子どもとやり取りをしていると、何か元気をもらえた。今年も多くの人が来てくださって、ふれあうことができた。準備やら後片付けで忙しいし、終わった後
体のあちこちが痛い。しかし、来てくださった方々が喜んでくださるのを見るのは最高。ふれあい祭りは良い。来年も、
わたがし屋のおっさんしようッかな!




2004, 8, 8

7月末、3180mの槍ヶ岳に登ってきた。求道中のKさんに誘われたからだ。
参加する決心はしたものの、登山経験ゼロといっていいほどの素人で、普段運動をしていないし一日中椅子に
腰掛けている53歳のおっさんが果たして登れるのだろうかと不安になった。

出発日が近づいてきているとき、ニュースで山で落雷や土砂崩れで犠牲者が出たと報じられるし、出発前日には
追い討ちをかけるように台風10号が発生して本州に接近しているとの台風情報。教会のメンバーは、「牧師は体力がある
から大丈夫」と言ってはくれるが、目は不安そう。
はじめは「行って来たら」と言ってくれた妻も、「やめといたら」に変わった。アウトレットで、安く登山靴や他の用品を
そろえたのに、今更ここで断念するのはそれこそ残念。誘ってくれたKさんに確認すると計画の変更は無いという事で、
7月28日夜8時Kさんの運転するマイクロバスで出発。途中で今回同行する8人のメンバー(私は初対面)を三重県の
亀山で拾い、グループ10名で一路上高地を目指した。

29日午前4時過ぎに平湯のPについた。外に出て空を仰ぐと、満天の星空。
よく星降る夜と言うが、星の数がめちゃくちゃ多い。多すぎて星座がわからない(本当はあまり知らないということもある)。
職業を尋ねられたので、キリスト教会の牧師だと答える。4時55分の上高地行きのバスに乗って、出発拠点の上高地に
入った。天候は晴れ。
5時40分入山届けを済ませて登山開始。と言っても、この日は梓川沿いに歩くあまり高低差のない、ハイキングのような
行程である。和歌山を出発する前計った荷物の重さは7キロ。途中景色や草花を楽しみながら、ゆっくり今夜の宿泊地
「槍沢ロッジ」に向かった。

所要時間は休憩も含めて6時間半で目的のロッジに到着。まずはやれやれである。
教会のみんなが祈ってくれている。健康天候ともに守られた。

初めての山小屋泊まり、どんな部屋なのかワクワクした。世話役のNさんが手続きを済まして部屋に案内してくれた。
壁に番号が書いた紙が張ってあって、1から10までのところが自分たちの寝る場所だと言う。8畳くらいの部屋の左右の
壁に18まで番号が打ってあるということは、18人詰め込まれるということ。何と一人40センチしかない。肩幅だって
40センチ以上あるのにどうして寝るのだろう?一同ブーイング。いろいろ心配したけれども、私たちが入った別館には
その後誰もこなくて、貸し切り状態。結果的には、広々と寝ることができた。

このロッジには風呂はあったが、自然環境保護のためシャンプー石鹸歯磨き粉は使用禁止。
でも汗を流せてさっぱりした。自家発電なので午後8時半消灯。

30日午前4時30分起床。5時朝食。5時30分槍ヶ岳山荘を目指して出発。一日で約1500メートル登らなければ
ならない。本格的な山登りだった。大曲という槍の山頂が見えるところまでに急なのぼりがあって、汗は出るわ息切れ
するわ、下山するおばさんにすれ違いざま「大丈夫?」と心配そうな声をかけられた。
きっと茹蛸のような顔をしていたのだろう。

大曲で写真を撮ったりして休憩したので汗も引き、呼吸も回復した。槍ヶ岳山荘も見えているし、雲が晴れると槍ヶ岳
山頂が見えた。
ここからは右に左にくねりながら2キロほどのぼりが続く。槍ヶ岳山荘に到着するためには一歩一歩登っていくしかない。
段々空気も薄くなってきて、山荘が近づくに連れて20歩ほど登ると足が動かなくなる。立ち止まって10ほど数えると
酸素が身体に回るのだろう、また足を前に運ぶことができる。そんなことを繰り返しながらようやく山荘までたどり着く
ことができた。所要時間4時間30分。これは普通のペースで登ったことになる。下の景色を眺めながらロッジでもらった
弁当を頬張る。うまかった。

山の天気は変わりやすい。明日どうかわからないので、その日のうちに山頂をアタック(かっこいい)することにした。荷物は置いて岩場を登る。危険なところには、つかまって上れるように鉄杭が打ってあったり、梯子が取り付けられていた。
でも注意して登らなければならない。

ようやく山頂に登りついた。そこは360度見渡せるパノラマの世界。雲が晴れると遠くの山々が眼下に見える。
神様の創造のみわざを見させていただいて感動した。 その晩、頭痛がした。もしかしたら高山病かもしれない。
他の人たちは山頂にも登ったので酒盛りをし始めた。「牧師さんもいっぱいどう」と誘われたが、酸素がほしいと言って
すわせてもらった。すると頭痛が弱まった。やはり軽い高山病になっていたのだろう。
初めての登山だったが、守られ、自然を満喫できた。しんどさよりも、山の魅力の方が大きい。教会に「山登りクラブ」を
作ろうかな。山の魅力に取り付かれたかも?




2004, 4, 25

我が家には、人が7人、犬が3頭、ウサギが1羽いて、にぎやかに暮らしています。
一番後からもらってきた犬(アメリカン・コッカスパニエル当時3歳)の「ハッピー」は、他の犬と同じように家の中で2年近く
飼ったのですが、体臭が強いのと、トイレのしつけができないので、可愛そうですがついに外で飼うことになりました。
先週の木曜日、家に帰るといつも短いしっぽをお尻からフリフリ迎えてくれるハッピーがいません。
よく見ると首輪に一番近いところで鎖の金具が外れていました。家の中にいるのかなと思い、玄関を入ると、ジョイと
ミルキーの2頭はいるがハッピーはいません。妻が帰ってきた時はいたというので、ほんの15分か20分の間に
いなくなったのです。あまり遠くへは行かないだろうと思って自転車で捜しに行きました。名前を呼ぶといつも勢いよく
走ってくるので、近くにいれば帰って来るはずです。ハッピーと呼びながら捜しましたが見当たりません。

夜になっても帰ってきません。ジョイとミルキーが吠えると、ハッピーがかえってきたのかもと思い、急いで玄関から出て
辺りを見ながら名前を呼びましたが違いました。もしかしたら、迷い犬で警察に届があるかも知れないと問い合わせを
してみましたが、その日はそんな届はなかったということでした。

あくる日の午後、妻が警察に問い合わせたところ、ハッピーに間違いない犬をある人があずかってくれてるとのことで、
私に連絡がありました。仕事を終えてから、お礼のお菓子を持ってその家を訪ねました。その家の人は大変犬好きで、
ハッピーを風呂に入れてくださり、首輪も新調してくださってました。そして、名前も「コパ」と付けてくれるほど大事にして
くれてました。私は丁寧にお礼を言ってハッピーを引き取って家に帰りました。

無事帰って来たハッピーを見て家族全員が喜んだのですが、その家の人の話をすると、ハッピーをもらっていただいた
ほうがいいのではと言うのです。というのは、風呂に入れ、首輪を買い、散髪もして名前もつけてくれている。
本気で飼ってくれるつもりだったんではないか、いやきっとそうに違いない。そのほうがハッピーも幸せと違うの、
と言われて、どうしたものかと悩んでいます。そんなあつかましいこと言えませんよね。




2004, 2, 24

長男が結婚して、同居することになったので、部屋替えなどで忙しい毎日が続いた。

ついでにリビングの模様替えも、娘の提案ですることにした。
問題は、BSの配線である。アンテナ取り付けと配線は以前自分でやったのだが、
テレビを部屋の対角線に持っていくのでBSのアンテナ線が届かない。
いろいろ考えたが、床下を通す他ない。意を決して工事にかかった。
床下の点検口から下にもぐりこみ床下の換気口から線を引っ張って匍匐(ほふく)行進をした。
53歳の身にはきつかった。途中でへばりそうになったが止めるわけにはいかない。
何とか線を床下からリビングのテレビを据える位置に出すことができた。床下から出てくると、
娘にびっくりされた。汗だくで埃まみれで出てきたからだ。

あくる日心配していたとおり、あちこち筋肉痛で体がバリバリになった。
翌々日はもっとひどくなった。
夜、LTGを済ましてから一人で近くのスーパー銭湯に行って、体をほぐそうと思った。
ジェットバスに浸かったり、サウナに入ったり、1時間半風呂でリラックスした。
お陰で脂肪に覆われた筋肉もすっかり解きほぐされ、体が軽くなった。(ダイエットにもなった)

疲れたときは体を温めて血行を良くするのがいいですね。
精神的に疲れたときは、神様の愛の温浴が一番。温泉最高!イエス様最高!




2004, 1, 18

私が好んで観る番組に、グルないの『ごちバトル』と『どっちの料理ショー』がある。

好き嫌いなし、ゲテモノでもなんでも出されたものは食べる、食べるの大好きな私は
何か他に用があるとビデオまで取ってしまう。

ごちバトルは、一流の料亭やレストランが出す最高の食材を使った料理を見て、
いくらぐらいかを想像するのが楽しみ。

どっちの料理ショーは、本日の特選素材に興味がある。
私はいつも関口さんより三宅さんびいきだが、1/15は、関口さんが大阪の『豚玉デラックスお好み焼き』で、三宅さんが
東京の『カレーもんじゃ焼き』だったので、関西人の血がそうさせたのか、お好み焼きを応援していた。

もんじゃ焼きといえば、東京の方に行った時は、お土産に月島もんじゃ焼きを買って帰る。
1/12の月曜日は夕飯当番だったのでもんじゃ焼きにした。
キャベツをきざめば後はすべて材料がそろっているので簡単である。四人分1050円だから安上がり。もう一箱
ストックがあるので、次回はコンビーフを入れたカレーもんじゃ焼きに挑戦しよう。

神様は、『天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、私たちの心を満たして』くださる。
アーメン。


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2003
2003, 12, 30

12月26日で53歳になりました。
誕生日に教会のメンバーみんなからお祝いのプレゼントをされて、幸せ者だと思います。
28日2003年最後の礼拝でその御礼を言わなければと思っていました。

報告連絡のとき、若者たちが前の方にやってきました。何をするのだろうと席で見ていると、私の誕生日を祝って、ハッピーバースデーを歌って祝福してくれるというのです。講壇の前に立たされて、何か気恥ずかしく感じました。

1987年教会がスタートしたときは、乳幼児であったり、まだ生まれてなかった子たちが、ここまで成長して、牧師の私を祝福して励ましたくれる。涙を見せずに御礼を言おうとがんばったのですが、留めることができませんでした。若者一人一人から手紙を受け取り、牧師室で一人で読んだ時も、文字が読めなくなって、ティッシュが必要でした。こんなに教会のメンバーに愛されている牧師は幸せです。

この牧師日記を読んでくださった、他教会の兄弟姉妹!あなたの教会の牧師先生に愛を表してあげてください。お願いします。涙もろい、おっさん牧師のお願いです。




2003, 12, 14

またまた一ヶ月過ぎてしまいました。早いですね。
月曜日は、夕食の料理当番です。
肉じゃがを作って見ました。なかなか好評だったのでレシピを紹介します。
テレビで紹介していたものですが。

材料:ジャガイモ、玉ねぎ、にんじん(なかったので入れなかった。子供たちには受けた)
    牛肉スライス、糸コンニャク(有れば)
ポイント;にんじん、玉ねぎ、肉、の順にバターでいためる。バターで炒めるのがコツ。
     ジャガイモにあう。ジャガイモはあらゆでしておく。
     酒2:水6:みりん1:濃い口醤油1 砂糖大さじ2 隠し味に味噌少々

今度の月曜日は何作ろうかな?

手軽にできる料理あれば教えてください。




2003, 11, 7

1ヶ月ぶりの日記(?)・・・。高野・龍神スカイラインが無料になったと聞いたので、11月5日(水)、妻と二人で紅葉を
観に出かけた。
登って行く途中、焼餅を買うために出店によると、日曜日は行楽客が殺到して大渋滞、大変だったらしい。
私たちは秋晴れの中、妻の愛車シビックをすいすい走らせた。
上っていくに連れ、モミジの赤、イチョウの黄色、サクラ、柿、クヌギなど、それぞれの色合いがあって楽しませてくれた。
それにススキの白。スギやヒノキや高野マキの常緑樹のみどりとのコントラストがとてもよかった。澄み渡った空、
色とりどりの木々、おいしい空気、こんなすばらしい自然を造ってくれた神様、アッリガトーッ!

護摩壇山まで2,30キロのところにパーキングエリアがあり、そこにレストランがあった。コーヒーを飲んで支払いを
するとき、ふとレジのカウンターを見ると、温泉の割引券が目に止まった。『野迫川温泉入浴割引券』大人通常600円が
300円。
レジの人に行くのにどれ位かかるか尋ねると、約25分。
妻も私も大の温泉好き、すぐに話はまとまった。教えてもらったとおり、スカイラインから奈良県側にそれてどんどん
下って行く。秋に彩られた山々を見ながら快適なドライブ。対向車も、後続車もいない、貸し切り状態。
カーブを曲がるたびに現れる景色を楽しみながら下っていくと『野迫川温泉が』見えた。
いつもなら早くできるメニューを選ぶのだが、ゆったりした気分がそうさせたのか、20分かかるアマゴの釜飯と
天ぷら盛り合わせを二人で注文した。
どちらもグッド、味も量もよかった。ゆっくり昼食を頂いてから温泉に入った。窓からは野迫川の綺麗な流れと山が
見えて、山里の景色とお湯を堪能した。

下ってきた道を登ってスカイラインに戻るときも、何と1台も車と出会わなかった。
スカイラインを龍神に向けて走り、龍神温泉で温泉の梯子。妻はいたく龍神温泉の温度と泉質が気に入ったようだ。
日本三大美人の湯として有名で、街道の椅子に座っていた90歳は越えているように見えたおばーちゃんの顔が
つやつやして光っていた。ちなみにぬるい好きの私にとってちょっと熱過ぎ、妻にはちょうど良い。

帰り道、美山療養温泉、明恵温泉があったがさすがに温泉好きの妻も私もパスした。ゆったりと秋を満喫した一日
でした。神様ありがとう。




2003, 10, 5


10/1(水)、今年初めて釣りに出かけ、紀ノ川下流の北岸で、独りのんびりとハゼ釣りを楽しんだ。
エサ屋で石ゴカイと釣り針(ケン付き流線7号)を買って、目的の釣り場へ向かった。午前9:30到着。風もほとんどなく
快晴、絶好の釣り日和。6.3メートルの延べ竿に浮き釣り仕掛けをセットして釣り始めると、幸先よく当たりがあり、
ブルブルッとした手ごたえと共に可愛らしいハゼが姿を見せた。
時折吹くさわやかな秋風にほほを撫でられながらの釣りは最高。午後2:30までに62匹釣り上げた。

5時間、秋晴れの日差しにさらされた私の鼻は、赤鼻のトナカイのよう。家族や教会の若い女性メンバーに笑われた。
ちなみに、釣ったハゼは頭とはらわたを取って唐揚げにして食した。
イエス様は『わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう』とおっしゃった。日本に7800の
キリスト教会があるから、一つの教会で一日に62人救われたら、約130日で日本人全員が救われてクリスチャンになる
計算だ。人は、ハゼのようには行かないけど、そんなことが日本で起こればいいなと思っているのは私だけではない・・・。

PS 場所を知りたい方教えます。




2003, 9, 18

今年も紀ノ川ふれあい祭りで『チェキ屋』をした。
“チェキ”とは、その場で名刺サイズの写真が出来上がるポラロイド写真の事。
昨年は30ショットだったので、今年の目標は40ショット。絵の上手なスタッフにウェディングドレスの花嫁と、
ドラゴンボールの孫悟空の絵を描いてもらった。顔のところをくりぬいて、そこから顔を出してもらって撮影する。
残念ながら10人しか応じてくれなかった。恥ずかしいというのもあるのだろうが、誰かになるより自分でいるほうがいいと
潜在的に思っているのだろうか。




2003, 8, 17

8/12 夜9:00、マイクロバス2台に36名が分乗して、一路阿蘇へ向かった。
今年初めて阿蘇聖会(クリスチャンのミーティング)に参加するためである。
ドライバーはわたしを含め5名。大型免許は持っているが、普段運転していない者が4名。
でもメンバーは安心して命を預けてくれた。
皆、キリストが与えてくれた永遠のいのちを持っているからだ。
ミーティングは大変祝福されて、16日午前1:35、無事岩出町に帰り着いた。

 
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KCEC 紀ノ川キリスト福音教会
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和歌山県那賀郡岩出町中島985-1 Tel:0736(62)1632 Fax:0736(62)1638